松江地方裁判所 昭和35年(行)1号 判決 1960年5月24日
原告 池尻豊
被告 伊野村選挙管理委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、島根県八束郡伊野村長原田清茂解職請求者の署名簿の署名の効力に関する異議に対し、被告が昭和三五年一月二八日なした別紙記載の五六名の者の署名を無効とする旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因としてつぎのとおりのべた。
原告は島根県八束郡伊野村村長原田清茂解職請求代表者であるところ、昭和三四年一一月一〇日地方自治法第八一条第一項により、原田村長の解職請求のため被告より請求代表者証明書の交付を受け、解職請求者の署名を収集して署名簿を作成しこれを適法の期間内に被告に提出した。
被告は署名簿の審査をなした上、これを一般の縦覧に供し、これに異議あるものが異議申立をなしたところ、被告は署名者四三六名の中無効署名六五ありと決定した。然しながらその無効署名の中別紙記載の五六名についての被告の決定はつきにのべるところにより違法である。すなわち
第一、別紙1から8までの記載の者については、被告はそれが自署でないと認定した。然しながら右はいずれも自署である。
第二、別紙9から16まで記載の者については、被告は印影または拇印が不鮮明であると認定した。然しながら右はいずれも鮮明である。
第三、別紙17記輩の手島マツノについては、被告において他の同家族の者の印鑑を使用したもので本人の印でないと認定した。然しながら右マツノは夫手島喜次郎の印鑑を使用したのであるが、同人は生活困窮のため生活扶助を受けており印鑑も作ることができないものであるから、止むを得ない処置であつてその押印は有効である。
第四、別紙18から55まで記載の者については、被告において署名収集委員等が、署名収集の際解職請求書、解職請求代表者証明書及び収集委任状等法定の必要書類を署名簿に添付していなかつたものと認めた。然しながら被告の認定のような事実はなく、右の中18から22までについては署名収集委員佐藤末之助及び同兼折行雄の両名が同伴して、23については同兼折行雄が、24から38までについては同多久和愛三郎が、39から50までについては、同常松勝郎が、それぞれ規定の完備した書類を持つて署名を収集したものであり、また51から55までの五名については、さきに署名収集委員岩成弘が完備した規定書類を持参して署名を求めたところ、右署名者等が全部一応協議すべく申し即時署名しなかつたゝめ、翌日改めて515253に対しては委員岩成弘が、5455に対しては同岩成正行が各別に交渉した署名捺印を得たものである。そして編綴の際規定書類を取外したに過ぎない。
第五、別紙56記載の者については、被告においてその署名が判読し難いと認定した。然しながら右は決して判読し難いものではない。
よつてこれらの署名についての被告の決定の取消を求める。
原告訴訟代理人は被告の主張に対し「伊野村が昭和三五年四月一日をもつて同県平田市に合併したので同年三月三一日の経過により伊野村長が失職した事実は認める」とのべた。
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、事実に対する答弁としてつぎのとおりのべた。
原告が解職請求の代表者であつて、代表者証明書の交付を受けたこと、署名簿を被告に提出したこと、被告が審査の上縦覧を許し、異議の申立の結果署名数四三六の中無効署名六五ありと決定したことはいずれもこれを認める。次に原告が署名を有効なりと主張する部分については、
第一については、その各署名が自署でないとしてこれを無効と決定した事実は認める。自署であるとの主張は否認する。
第二については、その各印影又は拇印が不鮮明であるため無効と決定した事実は認める。不詳明にあらずとの主張は否認する。
第三については、手島マツノの印影は同人の印鑑でないとして無効と決定した事実は認める。同人の印鑑であると主張は否認する。
第四については、その各署名収集が署名簿に規定の必要書類を添付することなくして行われたものであると認めて、各署名を無効と決定した事実は認める。その他の事実は不知。
第五については、先久ロクの署名が判読困難であるとして無効と決定した事実は認める。判読困難でないとの主張は否認する。
さらに本訴はつぎの理由によつて棄却さるべきである。
一、本件村長解職請求における法定署名数は四一四である。被告においては原告より提出された署名四三六の中有効三七一、無効六五と決定し、原告は本訴においてそのうち五六について有効なることを主張している。したがつてこの五六の中四三またはそれ以上の署名が有効であつて初めて有効署名数三七一と合せて決定署名数四一四に達する。換言すれば五六のうち一三を超える無効署名があれば、他の署名の効力いかんにかゝわらず解職請求はなし得ず、本訴は訴の利益を欠くことになる。
二、伊野村は昭和三五年四月一日を以て同県平田市に合併せられたので同年三月三一日の経過とともに同村長は失職した。よつて本訴は訴の利益を欠く。
理由
昭和三五年三月一四日付総理府告示第五九号によれば地方自治法第七条第一項の規定により島根県八束郡伊野村を廃しその区域を平田市に編入する旨島根県知事より内閣総理大臣に対し届け出があり、右の廃置分合は同年四月一日より効力を生ずる旨の告示がなされたことが明らかであるから、同村々長原田清茂は同年三月三一日の経過とともに当然失職したものである。したがつて同人の解職を目的とする原告の本訴請求はもはや訴訟を維持するにたるべき利益がないから、訴の利益を欠くに至つたものというべく、爾余の点につき判断するまでもなく理由がないので棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 長谷川茂治 藤島利行 武波保男)
(別紙省略)